選評

評者 市川 明

 

 

    1. お忘れ物承り所お忘れ物係・草野路男

鉄道駅の忘れ物係の定年の一日を描いた作品だ。「思い切り仕事がしたい」という彼の夢を魔法使いが叶え、閑散とした場所に次々に人が現れる。登場人物はそれぞれが役割を果たしており、書きなれた筆致でうまく仕上がっている。だが主人公の役割・描き方が弱い。主人公は労働組合の委員長も勤めた闘士だが、運転士として事故を起こし、専門の部署をはずされて13年間働いてきた。彼には専任の監視係がおり、かつての親友は駅長に昇進している。国労(国鉄労働組合)に対する思想弾圧や賃金差別を思い浮かばせる。それだけに本作で主人公と監視役との、さらには駅長との葛藤が描かれていないのは弱点に思われた。善良な人々のオンパレードで楽しい芝居だが、芯の部分を補強してほしい。

 

    2. 叫ばれなかった人

社会派作家のくるみざわが寓話劇に取り組んだ。中心はアンデルセンの『裸の王様』で、少年から「王様は裸だ」と叫ばれなかった人をめぐる話だ。自給自足の森と、貨幣経済が支配する森の外の町、対極にある二つの領域だが交流はある。ヒエヒエ王国では子どもが王に真実を告げることを恐れた親が、子どもを殺していく。そのために自由のない王国が三代も続いている。裸の王様だけでなく、狼少年の話や『ハムレット』の劇中劇を思わせるような部分も登場してくる。さまざまなことを教えようとして、そのため難解になっている。これなら『裸の王様』をそのままやった方が、インパクトがあるのではと思ってしまう。仕掛けの大きなラーニング・プレイで、原石の輝きはあるのでこれから磨きをかけてほしい。

 

    3. 医者の玉子

「やめるの、やめた」、こうした人生の転機を描いた作品。登場人物は五人で、全員が強烈な個性を発散させている。スピード感あふれるラップのような刻みで作品は進行していく。彼の人生を象徴するような出来事で芝居は始まる。医者の息子の悠太は、両親に請われるまま自分も医者を目指すが三浪している。彼は医者になるのをあきらめ、自分探しの旅に出るが、豪雨で転倒、けがをする。車から降りた男(清)に助けられ、彼の安アパートへ。悠斗の部屋の両側に清とふみが住んでいる。二人は元夫婦で離婚届を書いているが、まだ提出していない。原因は東日本大震災で息子(当時20歳)が行方不明になり、清は息子を探し続け、職を捨て、ふみは精神的におかしくなった。妹のカナは引きこもりとなるが、結婚のためシンガポールに行こうとしている。悠斗の母親が現れたりして、最終的には医者になることを「やめるのをやめた」悠斗が、五浪して医学部に合格するところで終わる。受験、震災、引きこもり、子育て、さまざまな社会問題が現れ、人間が支えあいながら生きていくことが示される。スピーディで明るい演劇で、ハッピーエンドになっている。医者になろうと思い直すきっかけが何だったかは語られていない。人生の転機・目標、モチベーションの変化が、少しでも語られていれば、もっと深いものになったろう。本作を大賞に推した。

 

    4. 十四歳

20年ぶりの中学の同窓会。14歳の中学生だったころ、副担任の関口先生が書き、演出し、最終的に上演中止になった幻の戦争劇『南の島のオンバシラ』のことが話題になる。この劇の時は昭和19年で、春美(関口がモデル)も、祭で命を落とす牛山三郎も14歳だ。キーパーソンに14歳という年齢を当てはめようとするあまり、作品に無理が生じたことは否めない。劇中劇は14歳には難し過ぎる。男だけが参加するする戦争と男だけがオンバシラを曳くことを許される祭を柱に、男性社会の歪みや戦争犯罪を暴く作品かと思いきや、話は同窓生のその後の人生や、当時から今までの男女の恋愛関係にシフトしていく。焦点はぼやけてしまい、しかもこの集まりが男性目線で描かれているのは気になった。

 

    5. まん前のプリちゃん

大阪のおばちゃんの友情物語。登場人物はみな大阪弁で話す。近所に住む65歳の二人、信子と文子は長年の親友で、オーロラを見にアイスランドに行くのを夢見て積み立てをしている。二組の夫婦と家庭を見せながら芝居は進む。事件は信子の夫良太郎と、文子の息子裕太が同じ絵を持っていることから始まる。裕太の婚約者のあや菜がデート商法で絵を高く売りつける仕事をしていたことがわかる。あや菜は裕太からのお金で、騙し取ったお金を良太郎に返した途端姿をくらます。信子と文子のあいだにしこりが残り、交流が途絶えるが、最後は二人の旅行を垣間見させて終わる。ハッピーな演劇だが、本質的な問題に踏み込めていないし、問題の解決も見えてこない。どこか物足りなさが残った。

 

    6. 空蝉が鳴いている

98歳の老婆、沼田志津の物語。京都の送り火の日、銀行でお金を振り込もうとするが、ATMの使い方がわからない。振り込め詐欺の疑いがあるため、銀行と警察署での調べが続き、老婆の素性・生活が明らかになる。給食代を払えない子どもの詐欺だとわかるが、老婆はその子と会い、23歳だった昭和20年の大空襲の時代を語り始める。前半部分の銀行と警察署の場面が110ページ中の80ページ近くを占め、やはり長すぎる。想定内の会話が続き、テンポが著しく遅く感じられた。本編の「戦争の思い出」はよく出来ている。老婆の語りをはさみながら、女(23歳の自分)が役割の違う何人かの男と場面を演じていくのは秀逸だ。この部分をもっと厚くすれば、十分見ごたえのある芝居になるだろう。

 

    7. あんバランス

カットバックを使い、時間が交錯するちょっとしゃれた芝居。テンポもよく、せりふにも力がある。老齢化社会で死者が増え、労働強化が進む葬儀会館の事務所が舞台。コロナウイルスが蔓延する時代にも合致する芝居だ。ある夏の日、43歳の男性勤務員・松山が倒れ、死亡する。やがて妻のさとみに疑惑の目が向けられる。奔放で借金もあるらしいさとみの、保険金目当ての殺人ではないかと。舞台はミステリーの様相を呈してくる。だがさとみは意外とまじめで、松山も幸せな結婚生活を送っていたことがわかる。時間は戻され、松山とさとみの会話で終わるエンディングも秀逸だ。芝居は淡々と進むが、どこかで葬儀会館特有の出来事を差し挟むなどして、インパクトを強める必要があるのかもしれない。