選評

評者 菊川 徳之助

 

1.広島友好・作「お忘れ物承り所お忘れ物係・草野路男」

 忘れ物をした人々のエピソードがうまく書けている。作品全体の中でも、筆のタッチもよく、確かな手応えの中で書き進められている。ただ、エピソードがエピソードだけで終わることが、テレビドラマのように底の浅い展開に不満が残る。戯曲ならば、もう少し人間像に深く食い込む作業を期待したいところである。作者は、草野という定年退職の人の退職日に劇的な深い意味を出す描き方をラストシーンに用意している。しかし、残念ながら、それが観客の心に伝わる描き方になっていないように思われる。

 

2.くるみざわしん・作「叫ばれなかった人」

 せりふがうまく、展開もよい。裸の王様の物語や狼少年の話などが、上手に使われている。寓話劇として面白い着想だが、親たちが、裸の王様と叫ぶ怖れのある子どもに恐れをなして、声を発する前に子ども殺してしまう設定は、設定に無理があるように思える。展開のための設定道具に陥っている。さらには、狼少年の芝居を求めるのもうまく運ぶための設定道具に過ぎなく思われる。村の人々の生活状況は、面白く書けているが、最初のンガの騙す行為が腑に落ちない。

 

3.岡田鉄兵・作「医者の玉子」

 医学部受験の青年が、一旦は希望を捨てるが、最後に医学部を受験することに心を変えるというストーリーはよくあって平凡と言える。だが、この作品は、このストーリーで立派に成立している。不思議である。登場人物すべてが、ほんわかとしていて、微笑ましく、和やかな形象になっている。その人物たちに不思議な魅力がある。人物形象、せりふなどの表現は、この作者にしか書けないのではないかと思われる独特な表現と魅力がある。

 

4.吉村健二・作「十四歳」

 祭りと回想(劇中の)などを織り交ぜた形象は書けているが、作品にかけられた努力は、空回りのごとく無駄な意気込みに思える。高校時代、そして劇中劇の世界、祭りの心の支え、これらのすべてが青春の根っこ、それは彼ら彼女らを支える柱であろう。そのことが繰り返されるように同じようなシーンとせりふの羅列になっている。もう少しコンパクトに展開できなかったか。

 

5.高木由紀・作「まん前のプリちゃん」

 人間の日常的なキビがよく書かれている。ただそれだけか。温かさは伝わってくるが、人間社会は、もう少しギスギスしていないか。人間関係をもっと深く追求できないものか。裕太、あや菜の関係はどうなるのか。あや菜の位置はどのようなものか。人物の行動が、中途で切れていたり(描かれなかったり)して、解りづらい。

 

6.山脇立嗣・作「空蝉が鳴いている」 

 98歳の老婆がうまく書けている。子どもの真正直な行為に乗っかる老婆の形象は面白いが、戦争に入っていく回想が安易に思われる。確かに日本人には戦争への思いが強く、演劇作品に描かれることが多いし、感動を得る題材ではあるが、それゆえに、重みを持った戦争への入り方がほしかった。他の人物の設定も面白いが、各人物に今一つ魅力がない。一人の老婆に人々がからむ形式は悪くないが、一人芝居か、総合的な芝居か、やや、中途半端なものを感じた。

 

7.はるやまなかお・作「あんバランス」

 日常性がうまく書けている。すかっとしない平凡な人間の人生。人間関係のモヤモヤしたものが、のらりくらりと書かれていて、巧みだ。だが、人間関係が、もう少し深く描けなかった。日常を描くことこそが、是とされているのか。日常の中に潜む問題を抉ってほしい。そこのとろまで行って、はじめてドラマが成立する要素が出てくるのではないか。

過去が、巧みに入れられていて、手法としては、面白いが、過去と現在が交錯することが、観客にとっては、少し判断しにくいのではないか。