選評

評者 篠原 久美子

 

 最終選考の7作品は、現代の問題がそれぞれの作家ならではの筆致で描かれ、たいへん興味深く拝読しました。

 広島友好さんの『お忘れ物承り所お忘れ物係・草野路男』は、駅のお忘れ物承り所という「場所」と、報復人事で追いやられた主人公の定年の日という「時間」の設定が秀逸で、演劇をよく知る方のドラマ運びの上手さがありました。訪れる人々の問題が偶然に頼って解決される点や、人物がやや類型的で、特に女性にリアリティを感じられないことなどは残念でしたが、素材は面白く楽しい作品ですので、ぜひ改定されて上演していただきたいと思います。

 くるみざわしんさんの『叫ばれなかった人』は、現在の日本を鋭く切り取った寓話劇で、その演劇的挑戦を高く評価したいと思います。「裸の王様」は、それを叫ぶ子どもと、その子どもを王とおとなが褒めるという前提において成立しますが、子どもの叫びを怖れたおとなが自ら殺していくというエピソードは、言論の殺害を思い、旋律を覚えます。

 展開に冗漫な部分があることや、「狼が来た」の寓話が上手く機能していないことなどは惜しいと思いますが、非常に印象的でした。

 受賞作となりました岡田鉄平さんの『医者の玉子』は、大阪弁のやりとりの面白さや、矛盾をはらむ人物のエピソードなどが魅力的な作品でした。特に、特殊だからこそ現実味がある、と思わせる人物造形は心に訴える力が大きく、「自分事」として観客を巻き込める作品になっていると思います。冒頭の悠人の独り言など決して上手いとは言えず、シーンの展開が急すぎる個所もあり、技術的な難はあるのですが、共感性の高い心惹かれる作品でした。

 吉村健二さんの『十四歳』は、よく調べ、考えられた、作者の思いの強い力作でした。男たちが望み、死者が出ても止められない勢いで滑り落ちていく「オンバシラ」を戦争のメタファーとされたのは特に優れた視座と思います。一方で、語りのみで進む展開で人物が作者の代弁者のようになっていることや、情報と人物の行動動機が上手くかみ合わず、全体像が見えにくいことなどは残念でした。ドキュメンタリードラマや議論劇などを書かれたら更に力を発揮できる作家さんではないかと期待します。

 髙木由紀さんの『まん前のプリちゃん』は、日常のやりとりに関係性の見えるせりふの上手さが光り、リアリティのある家庭劇として楽しく読み進められました。特に、12月30日の午前という時は、一年の中で、「主婦が後で楽をするために今忙しい」という矛盾に満ちた絶妙なときで、ここをドラマの起点とする嗅覚は鋭いと思います。ただ、その後の展開で上手く生かされておらず、着地までの出来事の運びに粗さがあることが惜しまれます。せりふの非常に上手い方ですので、今後に期待します。

 山脇立嗣さんの『空蝉が鳴いている』は、高齢者を狙った詐欺と子どもの貧困という問題を取り上げ、7作品の中でも特に心動かされた作品でした。元は一人芝居ということで、志津の存在の大きさに比して、上田と支店長の会話が職業人として不自然であることや、警察でのやりとりに繰り返しが多いなど、せりふや人物造形の難は散見するのですが、それでも、ラストで志津が子どもに語り掛ける言葉には、涙せずにはいられませんでした。

 はるやまなかおさんの『あんバランス』は、葬儀社の中での死をミステリー仕立てで展開されたことや、現在と過去の境目を感じさせずに交錯させる手法などの優れた秀作でした。ただ、その手法のために人物がやや犠牲になった感があります。真実を隠すためにさとみが悪く描かれ過ぎた前半が、ラストの夫婦愛が良いシーンなだけに、それが分かって前半の謎が氷解するのではなく、逆に不自然に感じられてしまうことは残念です。筆力のある方ですので、今後に大いに期待します。